都政の専制支配者石原を倒そう 柘植洋三 3月15日(木)08時11分
『新しい歴史教科書をつくる会』

「新しい歴史教科書をつくる会」と称するものがある。皇国史観、排外主義に深く染められた教科書を作成、全国の学校の10%で採用させると豪語していた。実際は、0.1%でしか採用されず、つくる会は大きな赤字を抱え責任のなすりあいをしている。
 「新しい歴史教科書をつくる会」の中心人物の一人であった京都大学教授の中西輝政は、2005年に「国民の文明史」なる本を出版している。編者は「新しい歴史教科書をつくる会」、発行が産経新聞ニュースサービス、発売は? 扶桑社である。その筋の三点セットの揃いふみだ。この本の425ページに注目すべき記述がある。『吉田茂は「保守本流」にあらず』、との見出しの中で中西はこう言っている。

今、地表でつながりつつある「和魂」

 “その意味での、保守本流の流れを私なりに整理すると、鳩山一郎、重光葵、岸信介、中曽根康弘と続き、さらに今日では石原慎太郎、安部晋三、西村眞悟というように、吉田以来の「保守本流」の衰微とは逆に、これまでは「大いなる伏流」としてとどまってきた幾本かの本当の流れが、今地表でつながろうとしている。日本の「文明力」の根強さを思わずにいられない”
 中西の言う「文明力」とは、「西欧理想主義」に対置する「和魂」、ひらたく言えば「やまと魂」というところだろう。その「和魂」を体現する政治家は、岸、中曽根以後伏流に沈んでいたが、石原慎太郎、安部晋三、西村眞悟によって、今地表でつながろうとしていると言うのである。この三人うち二人は、現都知事、現首相だ。ここに、『日本の「敵」』『日本の『死』」など数多くの国粋主義を賛美する本を著している西村の大きな期待感の根拠がある。それは、都知事石原や首相安部らの数々の発言をみると深刻な現実となっている。まさに今、国粋主義者たちは地表に現れ、日本をきな臭い道に引き込もうとしているのだ。
 くしくも、今日3月13日の朝日新聞夕刊のコラム「安部政権の空気」の中で、安部の親しい評論家との対談で、「戦後の占領政策は日本人から、自分の歴史への愛情の念を消し去るところから始まった。やっとその魔法が解け始めている。憲法改正は本当の意味での占領政策が終わるということです」との発言を紹介し、「岸の見果てぬ夢を、安部が追い続ける」といている。

石原慎太郎の人生

 『石原慎太郎の人生――貧困なる精神N集』(朝日新聞社、2000年)で、石原慎太郎を、「その基本的性格は「『ウソつき』と『卑劣な小心者』とをこねて団子にしたような男」と断じた本田勝一氏は、今から32年前になる1975年の都知事選に石原が出たとき、月刊誌 『潮』 (1975年4月号) で次のように書いている。
「石原慎太郎東京都知事。 −−劇画や漫画なら 「ドヒャーッ」 とか 「ケケケケ」 とか、そんなオノマトペで笑えばすむことだが、現実にそうなるかもしれないとなると、考えこまざるをえない。 (中略) こんな男の 「支配」 する東京都にいることなど、恥ずかしくてとても耐えられない。もともと私などは住所不定で日本にいないことが多く、日本にいても東京にいないことが多いが、住民税の納め場所は東京になっている。少なくともこれだけは拒否すべく、彼の任期中は現住所を故郷の実家へ移してしまおう。いったいどうして、彼の支配体制のために財源を助けることができようか」
 我々は「上記は引用だから…」などと逃げは打つまい。本田勝一氏によって、32年も前に見抜かれていた石原慎太郎の基本性格は、今日において「ウソ」と「卑劣な小心者」に加え、「差別主義」と「排外主義」にまみれ、ファシスト特有の資質を醗酵させてきた。
 歴史教科書の採択や、憲法改正を推進している「日本会議」の中央役員名簿「2002年5月」には、20番目に石原慎太郎、42番目に今次都知事選に「反石原」を標榜して立候補している黒川記章が名を連ねている。石原と黒川は、皇国史観を同じくする「同志」なのだ。黒川は、反石原への流れを少しでも飲み込もうとするダミーであることは明らかだ。

地表に姿を現した彼らを倒そう

 今次都知事選挙で、石原を倒すことは一知事を変えるということにとどまらない。
 皇国史観に基づいて憲法を改悪し、民主主義を圧殺していく石原都知事と安部首相や「日本会議」の陣形の一角を突き崩すということだ。
 地表で手をつなぎつつある彼らを倒そう。
 都知事選挙は、巨悪の一角を崩す絶好の機会だ。
 反石原勢力が力を合わせ、「和魂」を振りかざす石原現都知事に立ち向かおう。二次会掲示板より