雑誌『世界』と『諸君!』 投稿者:柘植洋三 投稿日:2007年
5月10日(木)18時27分 雑誌『世界』と『諸君!』の6月号に東京都知事選挙の記事が掲載されています。
以下紹介です。
『世界6月号』 【緊急座談会】
何が石原三選を招いたのか
――ネオリベラルな〈石原的なもの〉を超えて――
石田英敬/楠 典子/塚田博康
4月8日に投票された東京都知事選は、現職の石原慎太郎氏の三選という結果になった。しかし、市民団体が対立候補の擁立に成功し、投票率が上がる中で石原氏の得票が下がるなど、4年前の都知事選からは変化も見られる。都政を長年取材されてきたジャーナリストやメディア論の気鋭、そして対立候補の擁立に中心的役割を果たした市民活動家ら、選挙戦を総括するとともに、ネオリベラルな〈石原的なもの〉に対抗していく戦略を語り合う。
いしだ・ひでたか 東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授。著書に『記号の知/メディアの知』(東京大学出版会)
など多数。
くすのき・のりこ 「東京。をプロデュース2007」代表。主婦。山梨県でペンション経営。
つかだ・ひろやす 元『東京新聞』論説委員。都庁キャップ、社会部デスク、編集委員を歴任。著書に『東京都の肖像』(都政新報社)など多数。
この記事で注目されるのは、「東京。をプロデュース2007」の楠さんの、浅野氏を推挙するに至った経過の報告です。
日の丸、君が代などをめぐって教育現場で起こっている悲惨な事態を解決するには、石原知事を変える他には無いと2年前に思いを定め、そのためには統一候補で!と共産党・革新都政を守る会や民主党に働きかけてきた経過が、その渦中にいた人でないと出てこないリアルな言葉で語られています。
もう一冊『諸君!』には、石原選対委員長の佐々淳行氏が文章を書いています。
「選対本部長は見た!石原慎太郎『土壇場の大力量』」の一部分を紹介します。
「この選挙戦は石原対浅野の対決などというものではなかった。戦後 60年のイデオロギー対決の準決勝選(憲法改正が決勝戦だとすれば)と
もいえるものだった。「日米安保賛成」対「反対」、「改憲派」対「護憲派」、「日の丸。君が代賛成」対「反対」、「国民」対「市民」、
「安心安全」対「福祉」、「トップダウン」対「ボトムアップ」、「タカ派」対「ハト派」等々、まさに戦後60年のイデオロギー的対立軸が総合的に「石原vs反石原」となって激突した。もの凄く意義のある選挙だった。」
佐々淳行氏は、初代内閣安全室長の肩書きに示されている通り、公安畑を歩んできた私たちからすれば、敵側の最たる人物ですが、紹介した部分の、都知事選挙の重大な意義の捉え方に私は依存ありません。
ただ、最後から二行目の「…総合的に『石原vs反石原』となって激突した。」との記述は自己陶酔のあまりの間違いで、あたかも石原陣営は、強固な反石原陣営を打破したかのごとき記述になっています。事実は、反石原陣営は、結束できず、ばらばらでした。労働者や市民の力を結束できなかったことが、石原三選を許した重要な要因です。
ともかく、この二冊の記事、ご一読をお勧めいたします。
というのは、私は、二年後には、石原は都知事を辞任する。辞任させなければならない。とすると、都知事選挙は二年後にもう一度ある。東京のような大選挙区の首長選挙は二年前から準備していても遅いくらい、と深く革新しております。
二年後には石原都知事を辞任させることが出来るというのは、石原が重要な公約としたオリンピック招致が、2年後の2009年秋にはハッキリ結論が出ます。利権がらみで競争激しい中で、08年北京(アジア)12年ロンドン(ヨーロッパ)と経過して、16年に再び東京(アジア)となる必然性は全くありません。16年の開催予定地は、北米、アフリカ、その他全世界の地域から、30以上の都市が名乗りを上げようとしています。
東京都は、既に、中央区晴海地区の埋立地にメインスタジアムを新設し、江東区有明に高層建築の選手村、築地市場跡地にメディアセンターを建設するなどの施設整備計画を明らかにしています。さらに、石原都知事は、都財政を湯水のように使って誘致合戦を展開することでしょう。
その果てに、09年秋、アジア以外でのオリンピックが確定したとなれば、辞任させるほかありません。
経済情報マガジン「ZAITEN」によれば『誘致に失敗なら、その場で責任を取る』(自民党都連幹部)との事ですが、その際は、「体裁よく責任を取る」のではなく、各政党と都民の力で辞任させなくてはなりません。
というわけで、2年後に都知事選挙があることは、十分にありえます。
今年の都知事選挙の鉄を踏まないために、「敵を知り己を知る」格好の材料として、前記二冊をお勧めいたします。
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